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  • 2015.09.30 Wednesday
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美術同人誌『四月と十月』第二十七号十月刊行から参加します。

 

美術同人誌「四月と十月」

2012年10月からこの同人誌に参加させて頂く事になった。

僕が13年も続く伝統ある美術同人誌に参加させて頂くなんて何年か前は本当に夢にも思わなかった。


「四月と十月」主催で今回誘って頂いた画家牧野伊三夫さんとはいろんな偶然や運命?が巡り合わせで重なって今日いろんな酒場に行ったり、たまに銭湯に行ったりとっても良くしていただいています。



【牧野伊三夫さんの事を以前書いた日記】
http://mo-retsu.jugem.jp/?eid=49



二年前一方的に牧野さんを知って牧野さんの絵に魅かれて、牧野さんの個展の帰りに何故か物凄く絵が描きたくなって渋谷の八百屋の絵を描いたのがついこないだのようだ。




title:2012年10月号【四月と十月】表紙:ミロコマチコさん


「四月と十月」は新年度が始まる四月と展覧会の季節の十月に刊行される美術同人誌です。
四月と十月は普段アトリエでの仕事を寡黙にそしてどうしても孤独と向き合いながら作家として生きている画家や写真家の活動を作家同士励まし合う事から生まれたそうです。

なので、掲載されている絵や文章は普段の生活と絵が密接に絡まり合う日常的なものであり、完成作品よりも制作過程のスケッチや習作などを中心に発表する様にしています。



僕個人的に思う「四月と十月」の参加作家に共通して感じる物はどの作家も『生活から作品が生まれてくる。』という感じだ。
スーパーに買い物に行く途中にある風景、木枯らしが吹く仕事の帰り道、自分の好きな酒場に行って自分の好きなお酒を飲んだ時や電線を見上げながら歩いてる時。洗濯物を干しているとき、歯みがきをしている時。

そんな生活の呼吸が作品や文章になっている作家ばかりで、読んでいて見ていてとても気持ちが良い本です。


僕も自分の原点となる気持ちを絵と文章で綴ってあります。

是非ご覧になって下さい。

ご購入希望の方は僕、又は「四月と十月」ホームページに取り扱い店舗が載っていますのでご連絡下さい。


「四月と十月」ホームページ
http://4-10.sub.jp/index.html


第二十七号 「四月と十月」 2012年10月号 定価525円








わだは富山のゴッホなが!青森旅行に行く!!(一日目)

 



先月の終わりに僕は青森に行った。

前々から六月の終わりに二泊三日くらいで、どこかに旅に行こうと思っていたけれど直前になっても全く決まらず、遂に旅行予定日の前日になってしまった。

前日の昼間まで、芝浦から大型フェリーに自転車を載せて伊豆大島にスケッチでもゆるりと行こうかなと思っていた。


だけど、天気予報は東北地方以外はみんな雨。
急に選択肢が狭まったおかげで僕は、


「そうだ!青森だ!!」と思った。

僕は春に復興祈願を込めて東北に旅行に行く予定だった。けど、流れ流れて今に至っていることを思い出した!


僕は急遽青森行きを決意し、本屋に行ってとりあえず「るるぶ」を買って、高速バスのチケットやら宿やら色々すぐ手配して、その日の夜東京を後にした。








青森に着いたのは朝の9時。東京から高速バスで11時間もかかった。

青森駅は県庁所在地では珍しく駅から100メートルくらいいくとすぐ海が広がっている。






僕は青森県立美術館、棟方志功記念館を回った。

青森県立美術館は僕的には全然面白くなかったけど、青森のゴッホ棟方志功の大きな版画だけ土の匂いがプンプンするくら輝いていた。

だから、棟方志功記念館に着き棟方志功画伯のくったくのない写真を玄関で見た瞬間に「ようこそ!青森へ」と言ってるようでそれだけで青森に来て良かったと思えた。




そんな写真だった。




青森のゴッホ棟方志功



記念館には棟方志功のドキュメンタリービデオと作品が展示されており、片目の視力を失いながらもメガネを版木に擦り付ける様にガシガシと制作する姿と、彼の作りだす作品が重なって涙がでそうになった。

「身体ごと板画にならなければほんとうの板画がうまれて来ない」と津軽弁で一生懸命語る姿を見ると胸が熱くなる。

この後、旅の途中でさまざまな青森の人に出会い津軽弁を聞く機会があったんだけど本当に一生懸命話している姿に僕は胸をうたれた。何故か暖かい気持ちになる。







僕は一度青森駅に戻り駅周辺を散策した。

夏がくるというのに長靴。さすが雪国だ。

駅近くには市場が広がっている。



駄菓子の問屋街。青森駅そして、弘前周辺は昭和の香りが少し残っていた。


一輪購入した。


駅前にあるお土産やのご主人に青森駅周辺に飲屋街はないか?と尋ねた。

すると、『第三新興街』という昔の横丁を案内してくれた。

「青森のゴールデン街」とはここのことだろう。。





こんなに電線がくっちゃくっちゃに絡まった飲屋街は初めてだ。
そして、とんでもなくしょんべんくさくハエが路地の真ん中を牛耳って竜巻の様になっていた。
そんなしょんべんくさい飲屋街の二階からは洗濯物が普通に干されていて、


「アジアやな〜っ」

と気持ちが暖まる様なホッとした気持ちになった。



そして、青森駅のすぐ隣には「ワ・ラッセ」というねぶたミュージアムに行った。
ここにこれば昨年出品されたねぶたが一同に見れるのだ。



比べるものでは無いのかもしれないけれど、県立美術館に展示されていたどんなものよりもねぶたの造形美と圧倒されるエネルギーに完全にヤラレてしまった。。


棟方志功の絵のパワーがここから伝わって来た。





青森のねぶた。見えにくいが真ん中に立ってるのが僕。身長180cmの僕以上に大きく大きさが分かると思う。


青森のねぶた








そして、宿がある弘前へと向かう。


弘前は昔からの城下町であり戦火を逃れたため古い建物も残っており、懐かしい純喫茶、少し昭和の匂いのする飲み屋街、そして城下町特有の気品のある街並だ。

この古いビルには夜中までやっている喫茶店やバーが入っている。




弘前に着いたのは夜19時。

前の日に国の指定文化財の弘前で最も古い旅館「石場旅館」に宿泊する。
値段は素泊まり4000円くらいととても手頃だ。






明治初期から建て替えの無い旅館なのでとても趣がある。
風呂に入って早速「鍛冶町」という青森で一番の飲み屋街に足を運ぶ。




ピンク映画館もまだまだがんばっている。




棟方志功の影響?の飲み屋の看板


一通り歩き回り吟味した結果「なつめ」というお店に入る。

僕は自分で言うのもなんけど、いい飲み屋に行ける臭覚みたいなもんには自信がある。


『なつめ』のママとお店


入るなりママと従業員のおばちゃんが花札をしていた。どうも今日は暇でしょうがなかったらしい。

このなつめのママ。とにかく、おしゃべりがだーーーいすき!っで口が開きっぱなし!!!
津軽弁でのマシンガントークだから全然聞き取れない!

「わたしんとこはぜーーーーんぶ、500円だから安心してね!!!!」と言ってお腹が空いたという僕に得意料理だと言う冷やし中華を出してくれた。700円でw。


青森の郷土料理はイカを使ったものが多い




五木ひろしをカラオケで熱唱するママ

そんなこんなで僕は、内山田洋クールファイブ『中の島ブルース』、平和勝次とダークホース『宗右衛門町ブルース』唄って皆で大合唱する。

さすがママ。どこに行っても飲み屋のママは歌がうまくてうらやましい。何十年と唄い続けた声は今のJ-POP歌手よりかは遥かにうまく、背景に色んな物を感じさせるものがある。


カラオケを一段落させてママから女で一つ娘を育てて来た事や、これまで体験して来た事の人生の教訓やら、僕が将来大物になる?的なお褒めの言葉を頂いたりで、年配のママが営むスナック、酒場、特有のねっとりした会話を僕は楽しんだ。


僕にとって若い姉ちゃんと飲むより全然居心地が良い。


そんなこんなで青森一日目が終わる。

こんな楽しくていいのか青森?と酔っぱらいながら、
青森最大の飲屋街鍛冶町から今日の宿泊場所指定文化財の石場旅館までの道のりを弘前城のライトをたよりにブラブラ歩いた。






近所から漏れる痺れる様なカイカン



title:大和町で地面を掘る人達



スコップで土を掘ったり、地面を壊したり、壁を塗り替えたり、ブルトーザーを動かしている人達を見ていると手汗をかくような感覚になる。

『お前は?お前はやらんでいいがか??!』って俺がいつも俺に聞いてくる。

それは、前々からずっと思う事だ。


痺れるカッコヨさ。


以前は下町や歓楽街に生きる人々を見たさに散策してスケッチをしていたけど、最近は近所とか仕事先の近くなんかの家屋の解体現場や、道路の補修工事、鳶の現場とかを探してはボーッと眺めている事が多くなった。

なんでもない住宅街を練り歩いて、耳を澄まして物をガンガン叩いたり、金属を切ったりする音が聞こえる方向を探し当てる。

そんな、音に耳を立てながら住宅街の迷路の中ひた歩き、工事の現場を探し当てたときが僕の今なんともいえんカイカンだ。


ドゥルウウウウウウウウう、ガンガンガン。キッーーーーーーッ。



title:地面を削る人の木版画。小学生レベルとある人にお褒めの言葉をいただいたw




近所からでも常に痺れる様なカイカンを感じながら生きたい。




2011年3月11日の誕生日を忘れない【改(写真掲載とブログの最後に2012年3月11日追記)】





 2011年3月14日のブログ


ここに3月11日の出来事、僕の誕生日の日に何が起こったか書きたいと思う。

これはこの地震を経験していない遠くに住む家族や友達、親族、僕のブログを見てくれている人すべてと、僕自身の記録の為に載せます。



僕は誕生日のこの日を彼女と一緒に竹橋にある東京都近代美術館で開催されている生誕100周年である岡本太郎の個展を見に行くつもりだった。
僕はこの日をとても楽しみにしていたし、先月大阪で「太陽の塔」を見て感化された事もあり展示もとても楽しみにしていた。

その際新宿で乗り換えの為、西新宿方面へと出て丸ノ内線への地下への階段を少し降りたところだった。

おそらく、昼の14時くらいのこと。
地面が揺れだした。


初めは電車の揺れだと思ったけど、揺れはいっきに大きくなり歩くのが困難になる。
「これはやばい!」と思い、彼女を連れ地上に出て壁沿いにしゃがみ込む。

初めは少しゾクゾクとした好奇心が僕の中であったけど、隣でしゃがみ込む見知らぬ女性が手に持っていたバックを頭の上に覆っているのを見て、「命の危険」を少し感じた。

地震が続いてるのか続いていないのか分からないくらい脳天がぐるぐる回っている。
多分地面は揺れているのかもしれない。

周りの人達も顔が強ばって一つの方向に目を向けている。 
僕も視線をそちらに移すと西新宿の高層ビルが揺れている。
ホントに竹が反ったりを繰り返してる様な感じで、今にもこちらに倒れてくるんじゃないかって感じだった。

それでも、何度も言う様に僕は誕生日。ハッキリ言ってまだまだ僕は誕生日ムード一直線やった。

しばらくすると、地震が収まりおそらく電車も止まってるし、飲みにいこう!という事で昼間から思い出横町の老舗カブトへ。思い出横町の路地を入るとまず大鍋に入った煮込みが丸ごと路地に転がっていた。

おそらく、もう一度地震が来たら新宿で初めに潰れるだろうこのクソ古い店で何度もある余震を感じながら「酒を飲みながら死んでも本望!」というじいさん達に囲まれながら飲む。



title:思い出横町の中の名店『カブト』


すると、またも大きな地震。さすがに此処はやばいと思い、思い出横町を後にし映画館へ。

何度も言うが今日は僕の誕生日。この地震はインスタントなものと言い聞かせ、映画館は電車再開の時間つぶしと考えていて、僕はまだ岡本太郎展を見に行く事を考えていた。
ツイッターでみんなが騒いでるけど東北で何が起きているのか全く良く分からない状態だった。


しかし、映画館ももちろんやっていない。
新宿の街は混沌としていた。やたらお洒落な軍団が固まって外に出てるなあ〜と思ってみたらバーニーズニューヨークの店員さん達、長い帽子を被った中華料理屋の店員さん達も居酒屋で働くバイトの人達もみーーーーんなっ外に出てこの自体の異様さに少しワクワクしているようだった。実際僕もそんな感じだった。


やっている店がなかなか無い。

とにかく、腹が減った僕はハンバーガーが食べたくなってハンバーガー屋へ。
ロッテリアは閉まっていてマクドナルドだけ大繁盛していた。

僕はこのまま終わってたまるかと思い、たくさんのハンバーガーを買って新宿御苑の方へと向かう。あたりは、路頭に迷い歩き回る人達でたくさんだ。

次第に強い風が吹き出した。おそらく、地震の影響だろう。
さっきまでものすごく温かく、快晴だったのに強いさむーい風に曇天へと変わりあまりに寒くて玄関までしか入れないマルイで待機。

僕はやけになり、みんなの迷惑にならないところでハンバーガーを食べた。


夕方の16時くらいになってた。
もう岡本太郎展は無理だ。
僕は彼女ととりあえず、甲州街道沿いにある新南口に向かう事にした。





僕の誕生日はそこで完全に終わった。





新南口に行くと大勢の路頭に迷った人達が大きな大きなテレビのスクリーンを見て声を上げ、人々の表情は世界の終わりを見ているのかの表情だった。
こんな大勢の人が心配そうに見ている風景は見た事が無かった。

テレビの映像は、いくつもの大きな波が陸へと押し寄せる映像と壊滅状態の宮城沖だった。

テレビを見るまでこの地震の大きさを実感することができなかった。


tite:南口の巨大スクリーンで今日本で起きている事を確かめる人達



大きな災害、事件を見てきた。
9,11や地下鉄サリン事件、サカキバラ、イラク戦争に阪神大震災に中越地震。
でも、どれもテレビの中の出来事だった。本当にその事が起きているリアルが全く感じられないリアルに近い映画の映像を見ている感覚だった。


自分の身体の感覚として西新宿で受けた脳天がグラグラするようなさっきの地震が、このテレビの中の地獄絵図と一緒のものかと思うと急に寒気がして早く家に帰りたくなった。


17時半頃歩いて帰る為に甲州街道を八王子方面に歩き出した。
僕の家は三鷹だ。はっきりいって歩こうと考える距離じゃない。

しかし、電車は動いてないしタクシーを拾うにしても必ず先客がいて乗れず、交通渋滞でひどかった。
途中長い行列ができているバス停でバスを長いこと待ったが来るかどうかもわからないバスを待つのも参ってしまい、結局歩き出した。

ものすごい数の人が歩いていた。

歩き始めて2時間程でやっと永福町あたりに着く。もう限界だった。
寒くて、疲れて限界だったけどみんなのツイッター、ミクシイのいろいろな情報が励みになった。

どこかでタクシーやバスに乗れると思っていたけど渋谷、新宿方面のバスは動いていても逆方面のバスは全く無くどこのバス停も並ぶ気も失せてしまう様な数の人達でいっぱいだった。

途中休憩しようと思ったレストランはどこも満席でなくなくチェーン店の居酒屋で腹を満たす。寒くて寒くて仕方が無かったのでビールを飲まず熱燗を頼む。


井の頭通りは浜田山を過ぎても歩く人がたくさんいた。
もしかすると、吉祥寺や武蔵境、国分寺なんかまで帰る人がいるのかもしれない。。

ようやく、たどり着いた頃には夜22時を過ぎようとしていた頃だった。

身体が動かないくらい歩き回って帰ってきたら部屋の片付けだった。
今まで買った本やCDがワッシャワッシャのくっちゃくっちゃ。
その片付けをし、また大きな地震が無いように家の背の高い家具を片付け地震対策をした。



title:歩き疲れて帰ってホッとした所で、次は家の片付けだった


夜も余震が続き朝起きると腰が痛かった。なかなか眠れない。



二日目になるとスーパーやコンビニには食料品が無くなりガソリンスタンドも途中で終わってしまう。
明日には三鷹市は計画停電が行われる予定だと言う。

今僕の住む東京は「非日常生活」です。
自ら環境を変えてどこか海外へ旅行に行ったりで「非日常」はあったけどこんなことは生まれてもちろん初めてだ。


だけど、あの恐ろしい映像の場所にいる東北の方達とは比べ物にはならない。
中越地震を経験した彼女の実家は食料が無く水を飲んで過ごしたといいます。

現段階で「復興」の言葉は早いかもしれないけど、早く日本が力強くみんなが力を合わせて頑張って元気になってほしい。
地震の影響で営業を停止する店がある中物を売るお店、物を運ぶ人達、救助する方、治療をする医師、報道する人達に感謝したい。

日本が立派に機能してきたのは汗びっしょりに働いてきた人達がいるから。

日本を元気にするには誰かの為に働く事だと、仕事を終えテレビを見ながら地震で被害を受けた人達の為に動いていている人達を見てそう思った。

みんな明日からも仕事頑張ろう!!!
ピザ屋でもハンバーガー屋でも、古本屋でもレコード屋でもミュージシャンでも、画家でも。
本当に日本を考える事は今日の仕事をする事やと思う。

そして、働いたお金で東北の力になりたい。






ーーーーーーーーーーーーーー追記ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



2012年3月11日

P.S このブログを読み返して良かったと思う。2011.3.11の事を決して忘れないとは言ってはいるけど、当時の一日の行動を生々しく書いてあるとその時の恐怖と精神的な疲れが肌感覚で今蘇って来た。
そして、昨年このブログを書いている時は想像もしなかった福島の『原発問題』が東北の震災、津波の被害を抑えて今一番人々の関心を寄せている。原発が復興を完全に邪魔してるのが現状。

昨年の原発、震災以降で自分が普段生活する中での考えがガラッと変わりました。それは、震災以前は考える事はなかった死の事、日本の国民性、視点、そして自分自身の知識の無さです。

僕らはそれらを震災を忘れない事、放射能が今も日本で漏れ続けている事と同じくらいずっと意識して生活していかなければいけない。

自分の生まれ、育ち、今現在生活するこの国で『無関心』を気取るのはいかがなものか?
遠い中東の国で戦争が起きている様に、あの時震災が無かったら僕は無関心だったかもしれない。

ただ、この震災で日本人は忘れないと同時に『無関心』ではいられない現状に気付かなくてはいけない。
僕はとても『無関心』ではいられない。





昨年のブログの最後に僕はこう書いた。

【日本が立派に機能してきたのは汗びっしょりに働いてきた人達がいるから。

日本を元気にするには誰かの為に働く事だと、仕事を終えテレビを見ながら地震で被害を受けた人達の為に動いていている人達を見てそう思った。

みんな明日からも仕事頑張ろう!!!
ピザ屋でもハンバーガー屋でも、古本屋でもレコード屋でもミュージシャンでも、画家でも。
本当に日本を考える事は今日の仕事をする事やと思う。

そして、働いたお金で東北の力になりたい。】




僕は今年の春に東北に遊びに行きたいと思う。
仲の良い友人達と一緒に。

そして、一生懸命働いたお金を使ってこれから起きるたくさんの楽しい事に夢見たいと思う。

楽しみだ。




作村裕介の作品を見たい方はこちら!!!


クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入

モーレツッ!スケッチ!!!をまとめたサイトを作りましたので是非見て下さい!!!!!
画像を二度クリックされますとより鮮明に見る事が出来ます。

↓クリックしてね↓


作村裕介の


モーレツッ!



スケッチ!!



作品ページ!!!



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こちらの記事は固定記事になっております。新着ブログをご覧になりたい方は下にありますのでそちらもご覧下さい。



僕が角刈りにすること(じいちゃんへ)




title:角刈り頭の青年とじいちゃん




昨年の暮れ頃富山に住むばあちゃんから電話かかってきた。


『今年いっぱいでわたしら床屋引退しようと思っとるんよ。』


僕はなんて返せば良いか分からんかった。

僕は普段から銭湯、大衆酒場、食堂、八百屋など人間臭い場所をスケッチしたりしているんだけど、近年の絵に対するモチベーションは僕のバックグラウンドと言うべきじいちゃんばあちゃんの営む床屋の存在無しにはあり得なかったからだ。

床屋は大衆の社交場だ。奥さんから逃れた主人たちが散髪という名目で近所のものたちと、くだらない世間話をしにくる。そんな人間臭い大人たちの憩いの場を僕は小さい頃からずっと
見て来た。


title:床屋の前には路面電車が通る。珍しいんじゃないかな?


それだけじゃない。近くに商店街や、今でこそ数こそ減ったけど魚屋、花屋をはじめとする昭和の時代活躍した専門店の人達。今は廃業したけど近くにあった銭湯とか、ばあちゃんの長い立ち話に付き合わされて小さい頃よく通った。

『人間の生活』に目がいくのはおそらくここで培われたと思う。



だから、とてもショックだった。


ばあちゃん曰く来月の1月(2012現在)に床屋を取り壊すらしい。

僕は正月実家のある富山に帰る予定だったので、とにかく言葉が出なかったけど

『俺が正月床屋帰ってくるまでとりあえずそのままにしといて!』と言っておいた。




title:カナヤ理容室

じいちゃんが営むカナヤ理容室。実はじいちゃんで床屋五代目らしく江戸時代から200年近く続いているというから驚きだ。そこまで続いている床屋は富山県でも3つくらいしかないという。場所も現在店舗のある上本町のこの場所と変わらず、土地の持ち主も富山ならでは薬売りの大地主から200年近く借りていたらしい。


そんな、歴史ある床屋の五代目のじいちゃんはとっーーーーーても僕に似ている。どこが似ているかというと、声がでかいし、自由きままだし、人の話を聞かないし、忘れっぽいし、おまけに飲んべえ。朝から晩までずっと呑む。ばあちゃんがいないと今頃段ボールで生活してる様なじいちゃんだ。


そんなじいちゃんだけど床屋の腕はとんでもなく凄い。







撮影(作村直人:弟)



僕は2年程前からずっと角刈りだ。
始めた理由は床屋にお金を落とすため。

角刈りは床屋の中でも一番難しいカットだ。

だから、角刈りを注文する事によってその床屋の腕がある程度分かる様になった。

それを踏まえても、じいちゃんのカットは見事だった。


そして、思えばじいちゃんのこんな真剣な表情は見た事が無かった。


いつもじいちゃんの事をバカにしているばあちゃんも、床屋の技術だけはじいちゃんを尊敬している。
そんなことを聞くととても嬉しい。



title:最後に記念撮影



実質僕が最後のお客さんになった。

次富山に帰るときはこの店は跡形も無くなくなっているだろう。

じいちゃんは昔から絵を描くのが好きだ。
だから、今後の隠居生活は絵を描いて僕と富山で二人展をするのが次の目標らしい。



僕はとても楽しみだ。



title:髪を切るじいちゃん






明日がある。明日があるさ。

 
あけましておめでとうございます。



『明日があるさ。明日がある。若い僕には夢がある。』



富山で生まれてから東京で今生活をする僕はこの坂本九の歌を聴くと、とてもチカラが湧いてくる。


昨年、東北大震災。そして、福島原発事故があった。
僕たちは決して忘れない。

そして、今年僕たちは決して下を向いてはいけない。


『明日がある!明日がある!明日があるさ!!!』

僕らは2012年頑張らんといけん!!!


title:2012年の木版画で制作した年賀状。モチーフは流しの演歌師の僕が「明日があるさ」を歌う様を彫りました。




今年もモーレツッ!に生きていきますので宜しく御願いします!!!





2012年作村裕介







僕のデートの日記


10月25日

こんなに暖かい日は今年は最後かもしれない。
今日は彼女も休みだから阿佐ヶ谷、高円寺、中野をデートをした。

何故かというと彼女が阿佐ヶ谷の病院に用事があったから始めは阿佐ヶ谷に行った。

僕は彼女を待っている間にスケッチをしようと思っていたのに、繁華街を散策していたらパチンコ屋に出くわして覚えたてのパチンコをついつい打ってしまった。

でも、バコバコ当たるのでとても嬉しかった。

丁度打つのをやめようと思った時に彼女が迎えに来て玉を交換した。
ビールやお菓子やカレーを手に持ちきれない程いろいろ一緒に選んだ。
パチンコ屋の玉をお金じゃなくて、お菓子やカレーと交換して紙袋いっぱいに持ち帰るのは昭和っぽくて気分が良かった。




title:阿佐ヶ谷の街

僕は今日彼女を連れて行きたかった場所があった。

僕が「絵を描きたい場所があるからついて来て」と言うと「パチンコなんかしとらんでスケッチしとったらよかったねか」と怒られてしまったけど、しぶしぶ彼女はついて来てくれた。

それから、僕たちは阿佐ヶ谷駅から少し離れた13階立ての古いマンションの屋上に登った。

そこの古いマンションは杉並区の半分を見渡せるとても気持ちのいい風景が広がっている。

流れる様に走る中央線が武蔵野に広がる住宅地を切り開くその姿に僕たちは胸いっぱいになった。とても大好きな場所なのだ。

ここは、僕がピザ屋で働いている時に見つけた場所で、この古いマンションに友達や知り合いが住んでる訳でもなんでもない。

仕事中に飛び込んで来たモーレツッ!にグッときた風景を、僕は休みの日にそこに行って絵を描いている。

彼女も感動して僕と一緒に絵を描いた。


title:中央線がとても格好良く流れて行く



18時を過ぎてだんだんと風が強くなりまるで駄目なので、管理人に怪しまれながらも僕らは古いマンションを後にする。
行きたかった阿佐ヶ谷の古書コンコ堂は休みだった。




title:中野立ち飲み やきや

それから、阿佐ヶ谷、高円寺で飲もうと思ったけど目当ての店がやってなかったので中野に行った。
先日画家の牧野伊三夫さんに連れてってもらったやきやに行った。

ここは手羽先がんまい。狭い店内はおしくらまんじゅうでも始まるんじゃないかっちゅうくらい、人でいっぱいだった。

だから、おかみさんはホッピーの中の注文が誰に頼まれたかさっぱり忘れてしまったらしく、お客一人一人に聞いて回る光景を僕は3,4回もあって、なんだか見ていて気分がほっこりした。





title:サントリーパブ ブリック

そして、これまた牧野さんに連れてってもらったブリックに行った。
彼女はワインを飲みたいって行ってたからワインがあって良かった。


title;ブリック風景

ブリックは老舗中の老舗のバーで、店の扉もジェントルメン!な店員が開いてくれる。
ハイボールは200円だし、ウイスキーやビールやつまみなんかもとんでもなく安い。

それなのにピンピンのノリがしっかり付いた真っ白なシャツに背筋の伸びた丁寧な言葉を話す店員に僕は勘違いしてしまうくらい良い気分になる。




title:ブリック店内

「お上手ですね。」店の扉を開けてくれたジェントルメンが帰り際、ドアを開けながら上品な言葉でそっと言ってくれた。

とてもかっこいい店だ。


ここらは僕らが居心地よく生活出来る環境が揃っている。


僕たちは高円寺に引っ越してまだ二ヶ月。

楽しい事がまだまだ毎日続きそうだ。



モーレツッ!ギラギラ!!これからも。。 なんでやねん!!!



title:鶯セヴーチ(音楽ユニットju sei)×作村裕介(画家)×阪本勇(写真家)によるトークショー風景




↓クリック!トークショーの動画是非見て下さい!!!!クリック↓
「なんでや!なんでや!?なんでやね

ん!!!」






トークショーは阪本さんと鶯さんに本当に感謝せんといかん。

阪本さんは俺のいい所めっちゃひきだしてくれて、トークショーを爆笑トークショーにしてくれた。

鶯さんは俺らの「おしゃべり」をトークショーに引き上げて、緊張感をくれた。おかげで俺たちはシュッとした。
めちゃめちゃいいトークショーになったんで是非見て下さい。






作村裕介のギラギラ天国!!!展』終了しました。皆さん足を運んで頂いてありがとうございました。

ギャラリーでの展示はめちゃめちゃ久しぶりで今から考えるとここ最近はスナック、八百屋、銭湯、と普段絵なんて展示しないような場所で展示ばかりしていた。

それはそれで、自分の絵の世界とマッチングし過ぎてどれもこれもめちゃめちゃよかったけど、ギャラリーの展示は本当に「俺は本当はこういう風にやりたい!」とか「自分の絵の変化」をまじまじと真っ正面から立ち向かえる。


僕にとってとても大事な展示だった。


そして、自分が最も会いたかった画家の方が見に来て下さった。
マジで進まなあかん。







ギラギラ天国!!!

また、明日から僕はまたモーレツッ!に出逢いたい。


酒はガブガブ飲むからうまい。
めしはがっつくからうまい。
めしを食ったらすぐ横になってテレビを見るから気持ちがいい。
髪は床屋で刈るから気持ちいいし、頭はメリットでガシガシ洗うから気持ちがいい。
近くの銭湯の待合室の大きなテレビでくだらないお笑いを見てゲラゲラ笑うのが幸せだ。
知らない誰かと笑うのが幸せだ。

僕の絵の中には必ず人間がいる!

それが、ギラギラ天国!!!

そんな絵が描けた。そんな展示ができた思う。

作村裕介









ありがとうございました!!!

今年もあと2,3ヶ月。モーレツッ本を今年もまた出版するので宜しくお願いします!!!








モーレツッ! THANKS!!

ギャラリーいさらのマリコさん。建築家のイトカンさん。いさらアルバイトのレイちゃん。写真家の阪本さん。音楽家の鶯さん。手伝ってくれた東京に住む富山で一番足の臭いツレの森口。富山から満寿泉を送ってくれたかっちょいい親友のトク。僕の恋人黒猫まな子。看板屋の黒猫まな子の父さん。床屋のばあちゃん。床屋のじいちゃん。印刷屋の父さん。印刷屋の母さん。



作村裕介のギラギラ天国


TITLE:新世界の新聞屋のおっちゃん


みなさんお元気でしょうか??
個展のお知らせです!来週から恵比寿のギャラリーいさらで『作村裕介のギラギラ天国!!!展』を開催します!!!


先日大阪に行って来た!!!ほとんど絵を描く暇が無いくらい大阪西成のおっちゃん達と喋って飲んで、歩き回ってドヤにごろ寝!!!

大阪でギラギラ生きる人達にパワーを奪われ、そしてパワーをもらってきた!!!


ギラギラ天国!!!
僕は『うっ〜ん、モーレツッ!!!』と腹の底から感じないとと描かない!!!10キロ歩いて一枚描けるのがやっと。世の中そんなにモーレツッ!がゴロゴロあるわけやない。
僕は人間の生きてるギラギラを描きたい!ギラギラした風景が描きたい!
僕はギラギラした絵を描きてえ!!!!!

今回は新作モーレツッ!スケッチ!!、とお馴染みモーレツッ!スケッチ!!に加え木版画の新作を出品します!!!

どうぞギラギラな絵を見に来て下さい!!!





title:新宿で見た娼婦(今回dmのデザイン)

2011年個展第二弾!!

作村裕介のギラギラ天国!!!展


会期 2011年9月13日(火)〜9月18日(日)
時間 12時〜19時(最終日17時)
場所 ギャラリーいさら

  〒150-0013東京都渋谷区恵比寿1-26-19
  03-3446-8878(会期中)
  
043-263-2094(伊藤)





そして、なんと今回9月16日(金)にトークショーを行います。題して『なんでや!なんでや!?なんでやねん!!!』。ゲストに今雑誌、ギャラリーに引っ張りだこの大注目の写真家阪本勇をお迎えして、絵を描く事、写真を撮る事、大阪の事をなんでや?なんでや!なんでやねん!!!言いながら繰り広げる爆笑トークショーを開催します!!!
阪本勇の写真が大好きだ。彼の写真からは『会話』がすげえ感じてホクホクした気持ちになるんです!阪本勇と話していると元気が出る!
司会のウグイス嬢は、先日高円寺円盤からファースト・フル・アルバム『コーンソロ』を発表したばかりのju seiのボーカル鶯セヴーチ。僕は彼女の歌を聴いたとき、彼女のウグイス嬢を聴いたとき僕は本当にびっくりした!!鶯セヴーチの歌を聴くといろーんな種類の声が舞台上にわんさかさんさか踊りだす。そんな、鶯セヴーチが司会として会場を盛り立てます!!!

こちらもお楽しみ下さい!!!



〜金曜ナイトスペシャルトークショー〜

「なんでや!なんでや!?なんでやね

ん!!!」


会期 2011年9月16日(金)
時間 19時30分スタート!!!トークショー当日は閉店時間を延長して行います!!!
出演
 阪本勇(写真家)
    鶯セヴーチ(音楽ユニットJU SEIのボーカル)
    作村裕介(画家)


プロフィール



title:僕を撮る阪本勇と僕が描いた阪本勇(阪本勇の住む桜荘にて)

阪本勇 / Isamu Sakamoto

大阪生まれ 現在東京在住

2006 第27回 写真ひとつぼ展 入選

2008 第1回 塩竈写真フェスティバルフォトグラフィカ賞

2010『大・阪本勇写真展』/海岸通ギャラリー・CASO(大阪)

            『昼光ジャズ』/アートセンター・オン・ゴーイング(東京、吉祥寺)

阪本勇ホームページ

http://d.hatena.ne.jp/sakamoto-isamu/








title:絵:作村裕介 『コーンソロのジャケットを見て描いた鶯三連作』

鶯セヴーチ【sивуч.U】
音楽ユニット"ju sei"のボーカル。よばれてウグイス。
2010年12月10日よりiphoneで絵を描き始め、twitterで発表している。
名付け親は中ザワヒデキと平間貴大。
毎月第二金曜日に高円寺の円盤で行われる中ザワヒデキと平間貴大の「第二金曜日」
にてレギュラーウグイスを務めている。
ju seiは2011年8月2日に円盤より初フルアルバムをリリース予定。

こんにちは、鶯セヴーチです
http://d.hatena.ne.jp/w2500550/















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