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2011年3月11日の誕生日を忘れない【改(写真掲載とブログの最後に2012年3月11日追記)】





 2011年3月14日のブログ


ここに3月11日の出来事、僕の誕生日の日に何が起こったか書きたいと思う。

これはこの地震を経験していない遠くに住む家族や友達、親族、僕のブログを見てくれている人すべてと、僕自身の記録の為に載せます。



僕は誕生日のこの日を彼女と一緒に竹橋にある東京都近代美術館で開催されている生誕100周年である岡本太郎の個展を見に行くつもりだった。
僕はこの日をとても楽しみにしていたし、先月大阪で「太陽の塔」を見て感化された事もあり展示もとても楽しみにしていた。

その際新宿で乗り換えの為、西新宿方面へと出て丸ノ内線への地下への階段を少し降りたところだった。

おそらく、昼の14時くらいのこと。
地面が揺れだした。


初めは電車の揺れだと思ったけど、揺れはいっきに大きくなり歩くのが困難になる。
「これはやばい!」と思い、彼女を連れ地上に出て壁沿いにしゃがみ込む。

初めは少しゾクゾクとした好奇心が僕の中であったけど、隣でしゃがみ込む見知らぬ女性が手に持っていたバックを頭の上に覆っているのを見て、「命の危険」を少し感じた。

地震が続いてるのか続いていないのか分からないくらい脳天がぐるぐる回っている。
多分地面は揺れているのかもしれない。

周りの人達も顔が強ばって一つの方向に目を向けている。 
僕も視線をそちらに移すと西新宿の高層ビルが揺れている。
ホントに竹が反ったりを繰り返してる様な感じで、今にもこちらに倒れてくるんじゃないかって感じだった。

それでも、何度も言う様に僕は誕生日。ハッキリ言ってまだまだ僕は誕生日ムード一直線やった。

しばらくすると、地震が収まりおそらく電車も止まってるし、飲みにいこう!という事で昼間から思い出横町の老舗カブトへ。思い出横町の路地を入るとまず大鍋に入った煮込みが丸ごと路地に転がっていた。

おそらく、もう一度地震が来たら新宿で初めに潰れるだろうこのクソ古い店で何度もある余震を感じながら「酒を飲みながら死んでも本望!」というじいさん達に囲まれながら飲む。



title:思い出横町の中の名店『カブト』


すると、またも大きな地震。さすがに此処はやばいと思い、思い出横町を後にし映画館へ。

何度も言うが今日は僕の誕生日。この地震はインスタントなものと言い聞かせ、映画館は電車再開の時間つぶしと考えていて、僕はまだ岡本太郎展を見に行く事を考えていた。
ツイッターでみんなが騒いでるけど東北で何が起きているのか全く良く分からない状態だった。


しかし、映画館ももちろんやっていない。
新宿の街は混沌としていた。やたらお洒落な軍団が固まって外に出てるなあ〜と思ってみたらバーニーズニューヨークの店員さん達、長い帽子を被った中華料理屋の店員さん達も居酒屋で働くバイトの人達もみーーーーんなっ外に出てこの自体の異様さに少しワクワクしているようだった。実際僕もそんな感じだった。


やっている店がなかなか無い。

とにかく、腹が減った僕はハンバーガーが食べたくなってハンバーガー屋へ。
ロッテリアは閉まっていてマクドナルドだけ大繁盛していた。

僕はこのまま終わってたまるかと思い、たくさんのハンバーガーを買って新宿御苑の方へと向かう。あたりは、路頭に迷い歩き回る人達でたくさんだ。

次第に強い風が吹き出した。おそらく、地震の影響だろう。
さっきまでものすごく温かく、快晴だったのに強いさむーい風に曇天へと変わりあまりに寒くて玄関までしか入れないマルイで待機。

僕はやけになり、みんなの迷惑にならないところでハンバーガーを食べた。


夕方の16時くらいになってた。
もう岡本太郎展は無理だ。
僕は彼女ととりあえず、甲州街道沿いにある新南口に向かう事にした。





僕の誕生日はそこで完全に終わった。





新南口に行くと大勢の路頭に迷った人達が大きな大きなテレビのスクリーンを見て声を上げ、人々の表情は世界の終わりを見ているのかの表情だった。
こんな大勢の人が心配そうに見ている風景は見た事が無かった。

テレビの映像は、いくつもの大きな波が陸へと押し寄せる映像と壊滅状態の宮城沖だった。

テレビを見るまでこの地震の大きさを実感することができなかった。


tite:南口の巨大スクリーンで今日本で起きている事を確かめる人達



大きな災害、事件を見てきた。
9,11や地下鉄サリン事件、サカキバラ、イラク戦争に阪神大震災に中越地震。
でも、どれもテレビの中の出来事だった。本当にその事が起きているリアルが全く感じられないリアルに近い映画の映像を見ている感覚だった。


自分の身体の感覚として西新宿で受けた脳天がグラグラするようなさっきの地震が、このテレビの中の地獄絵図と一緒のものかと思うと急に寒気がして早く家に帰りたくなった。


17時半頃歩いて帰る為に甲州街道を八王子方面に歩き出した。
僕の家は三鷹だ。はっきりいって歩こうと考える距離じゃない。

しかし、電車は動いてないしタクシーを拾うにしても必ず先客がいて乗れず、交通渋滞でひどかった。
途中長い行列ができているバス停でバスを長いこと待ったが来るかどうかもわからないバスを待つのも参ってしまい、結局歩き出した。

ものすごい数の人が歩いていた。

歩き始めて2時間程でやっと永福町あたりに着く。もう限界だった。
寒くて、疲れて限界だったけどみんなのツイッター、ミクシイのいろいろな情報が励みになった。

どこかでタクシーやバスに乗れると思っていたけど渋谷、新宿方面のバスは動いていても逆方面のバスは全く無くどこのバス停も並ぶ気も失せてしまう様な数の人達でいっぱいだった。

途中休憩しようと思ったレストランはどこも満席でなくなくチェーン店の居酒屋で腹を満たす。寒くて寒くて仕方が無かったのでビールを飲まず熱燗を頼む。


井の頭通りは浜田山を過ぎても歩く人がたくさんいた。
もしかすると、吉祥寺や武蔵境、国分寺なんかまで帰る人がいるのかもしれない。。

ようやく、たどり着いた頃には夜22時を過ぎようとしていた頃だった。

身体が動かないくらい歩き回って帰ってきたら部屋の片付けだった。
今まで買った本やCDがワッシャワッシャのくっちゃくっちゃ。
その片付けをし、また大きな地震が無いように家の背の高い家具を片付け地震対策をした。



title:歩き疲れて帰ってホッとした所で、次は家の片付けだった


夜も余震が続き朝起きると腰が痛かった。なかなか眠れない。



二日目になるとスーパーやコンビニには食料品が無くなりガソリンスタンドも途中で終わってしまう。
明日には三鷹市は計画停電が行われる予定だと言う。

今僕の住む東京は「非日常生活」です。
自ら環境を変えてどこか海外へ旅行に行ったりで「非日常」はあったけどこんなことは生まれてもちろん初めてだ。


だけど、あの恐ろしい映像の場所にいる東北の方達とは比べ物にはならない。
中越地震を経験した彼女の実家は食料が無く水を飲んで過ごしたといいます。

現段階で「復興」の言葉は早いかもしれないけど、早く日本が力強くみんなが力を合わせて頑張って元気になってほしい。
地震の影響で営業を停止する店がある中物を売るお店、物を運ぶ人達、救助する方、治療をする医師、報道する人達に感謝したい。

日本が立派に機能してきたのは汗びっしょりに働いてきた人達がいるから。

日本を元気にするには誰かの為に働く事だと、仕事を終えテレビを見ながら地震で被害を受けた人達の為に動いていている人達を見てそう思った。

みんな明日からも仕事頑張ろう!!!
ピザ屋でもハンバーガー屋でも、古本屋でもレコード屋でもミュージシャンでも、画家でも。
本当に日本を考える事は今日の仕事をする事やと思う。

そして、働いたお金で東北の力になりたい。






ーーーーーーーーーーーーーー追記ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



2012年3月11日

P.S このブログを読み返して良かったと思う。2011.3.11の事を決して忘れないとは言ってはいるけど、当時の一日の行動を生々しく書いてあるとその時の恐怖と精神的な疲れが肌感覚で今蘇って来た。
そして、昨年このブログを書いている時は想像もしなかった福島の『原発問題』が東北の震災、津波の被害を抑えて今一番人々の関心を寄せている。原発が復興を完全に邪魔してるのが現状。

昨年の原発、震災以降で自分が普段生活する中での考えがガラッと変わりました。それは、震災以前は考える事はなかった死の事、日本の国民性、視点、そして自分自身の知識の無さです。

僕らはそれらを震災を忘れない事、放射能が今も日本で漏れ続けている事と同じくらいずっと意識して生活していかなければいけない。

自分の生まれ、育ち、今現在生活するこの国で『無関心』を気取るのはいかがなものか?
遠い中東の国で戦争が起きている様に、あの時震災が無かったら僕は無関心だったかもしれない。

ただ、この震災で日本人は忘れないと同時に『無関心』ではいられない現状に気付かなくてはいけない。
僕はとても『無関心』ではいられない。





昨年のブログの最後に僕はこう書いた。

【日本が立派に機能してきたのは汗びっしょりに働いてきた人達がいるから。

日本を元気にするには誰かの為に働く事だと、仕事を終えテレビを見ながら地震で被害を受けた人達の為に動いていている人達を見てそう思った。

みんな明日からも仕事頑張ろう!!!
ピザ屋でもハンバーガー屋でも、古本屋でもレコード屋でもミュージシャンでも、画家でも。
本当に日本を考える事は今日の仕事をする事やと思う。

そして、働いたお金で東北の力になりたい。】




僕は今年の春に東北に遊びに行きたいと思う。
仲の良い友人達と一緒に。

そして、一生懸命働いたお金を使ってこれから起きるたくさんの楽しい事に夢見たいと思う。

楽しみだ。




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